カウントダウンタイマー

久しぶりにサイクルショップを訪れた。

調べたら2018年12月が最後で、ほぼ1年1ヶ月ぶりの訪問である。

昨年、1度も行かなかったのは、体調の優れぬ日々が続き、自転車に乗る機会がめっきり減り、関心も徐々に薄れ、自然と足が遠退いてしまったのだ。

 

「余りがあれば」と、カレンダーの在庫を恐る恐る尋ねると、あった。貰えた。

 

ショップで貰うカレンダーは、例年階段の踊り場の柱と決めている。

だから、今年に入って今日まで、そこには何も無い状態が続いていた。

 

今日、ようやくカレンダーを掛けることが出来た。

そこに在るべきものがそこに在る。

それは、もしかすると、想像以上に重要なことなのだと思う。

 

1枚1枚捲って眺めていたら、改めて、自転車の良さを知った気がした。

こんな風にロードバイクで颯爽と山岳地帯を駆け抜けるような乗り方は出来ないけれど。

 

 

ご主人も奥さんも変わりなくお元気そうで安心した。

 

最後の通勤自転車を検討しようかな。

そんなことをぼんやり思いながら帰宅した。

 

 

60歳で辞める。これ以上我慢できそうにない」

今日、妻と2人で夕食を摂りながら、ぼそぼそと口にした。

50代半ばを過ぎた頃から、年に23回は話題にしているように思う。

聞かされる妻にしてみれば毎回ウンザリだろうし、不安で仕方ないだろう。

「子どもたちはまだ学生でお金がたくさんかかるし、出来れば少しでも長く働いて欲しい・・・」

妻は力なく応えた。

 

今勤めている会社の定年は60歳。

法規制と社内規定により、それ以降も本人が希望すれば最長65歳まで延長がきく。

一方、役員の場合は、暗黙の約束で65歳というのが一応の区切り。

末端ではあるが役員として雇われている身としては、大過なく過ごせば、65歳まで(あと69か月)は雇ってもらえるのだろう。

 

昨日、ある限られたメンバーで新年会があり、社長の頭の中にある役員人事構想の話題になった。

現在開発部門のトップに就いている役員に不満があるらしく、社長は早く交代させたいと思っているとのこと。

その役員は、生まれ年は1961年で私と同じだが、学年では1つ上のいわゆる早生まれであり今月59歳になったばかり。役員改選は6月だからその時点ではまだ59歳ということだ。

「あいつが60歳になっていればなあ」と社長は愚痴っていると言う。

経営者たるもの、そのあたりはドライにやりたいところだろうが、何がしかの温情は働くし、一般社員より早く辞めさせるのはさすがに忍びないといったところか。

同氏を退任させるタイミングをあと1年後ろにずらさざるを得ない理由はもう1つあって、次のポストをどうするかの問題も微妙に絡んでいるのだ。

業務執行部門長を経験した役員を65歳前に退任させる場合、監査役に据えるというのが通例となっている。

外観上は横滑り人事であり、本人の中では忸怩たるものがあるだろうが、一応の体面は保てる。

その監査役ポストに現在就いている人物の年齢が64歳。確か11月頃の生まれだったと思うから、彼もまた今年の役員改選時点では65歳を迎えておらず、切り辛いという事情がある。

つまり、来年6月まで待てば、開発部門長は満60歳、監査役は満65歳になっており、スムースな入れ替えが出来るということだ。

 

ここで私の立ち位置を整理すると、以下のようになる。

開発部門長(取締役)19611月生

製造部門長(取締役)196112月生

管理部門長(取締役)19622月生

企画部門長(執行役員)19619月生(私。管理部門の副部門長を兼務)

監査役195511月生

ご覧の通り、監査役を除いてみな年齢が極めて近く、学年でいくと製造と管理と企画の3人は一緒である。

 

キャリアや年齢からみて、次の監査役に最も近いのは、現管理部門長か私だろうと踏んでいた。

仮に現管理部門長が監査役に選任されれば、私が管理部門長に昇格する可能性がある。

一方、開発部門長が監査役に選任されれば、管理部門長や私が監査役になる可能性はほぼゼロとなる。

ちなみにその場合、空いた開発部門長のポストには現製造部門長が横滑りすることは間違いなく、空いた製造部門長の穴を埋める人物の顔も即座に浮かぶ。

 

やれ取締役だ監査役だ執行役員だと、いろいろありはするが、別になりたい役職があるわけではない。

反りの合わぬ現管理部門長の後塵を拝するのは耐え難いというのもあるが、私が最も懸念しているのは我が身の健康。とりわけ精神面である。

今でもいっぱいいっぱいであり、正直綱渡りの日々。

いつ心の平衡を失って落下してもおかしくない状態が続いており、それが胃痛や腹痛や精神不安定となって表れているのだ。

一般社員の定年である60歳まで何とか辿り着ければそれ以上望むことはない。

 

妻には本当に申し訳ないと思う。

余計な心配はかけたくないし、子どもたちが独立するまでは歯を食いしばってでも踏みとどまるのが親の務めとも思うが、お金の心配だけに縛られて過ごす1年は長過ぎてとても耐えられそうにないし、仕事への情熱も正直風前のともし火である。

何より、またうつ病が重症化してダウンでもしたら、お金の心配どころではなくなる。

身勝手極まりない解釈とは重々承知のうえで、余計な医療費を使わなくて済むように、心身ともに健康でいるのが一番と思っている。

 

幸い自転車貯金として始めたへそくりがある程度まとまった額になっており、それで2年は食い繋げる目途もついた。

新しい車はきっぱり諦めよう。

妻と共用の1台があれば十分。

60歳までの残り19か月、自転車通勤をしっかり堪能しよう。

 

 

「次は○○さんですね」などと噂し合うのがサラリーマン役員の秘かな愉しみとは言え、ああクダラナイ!と思った昨夜の新年会。

 

ずっと気になりながらも何となく先延ばしにしてきたボブ・ディランのコンサートチケットを、今日、コンビニで発券してもらった。

 

BOB DYLAN And HIS BAND!

Zepp Namba (OSAKA)

2020.4.10(金)

18:00開場 19:00開演

1Fスタンディング

¥19,000【消費税込み】

整理番号 920番

 

まだ3ヶ月も先のことだが、こうやってチケットを見ていると、諦念まみれの私でも幾らか気分が上がる。

少なくともその日までは生きていよう、と。

ぎゅうぎゅう詰めのスタンディングだから体力勝負だぞ、と。

 

 

なんとか無難に乗り切った。


明日、急遽新年会。


南の塀際にずらりと並んだカイズカイブキを、昨年、フェンス工事に合わせて全部切った。

カットした断面に食用油を塗っておけばやがて自然と枯れて土に還ると業者さんに教わり、その通りにしておいたが、あれから3ヶ月が過ぎても、地表に突き出た13本の切株は一向に弱る気配が無い。

 

現役を引退したら家庭菜園でもと思っているが、カイズカイブキやモチノキやシラカシやコナラの根っこが庭中の土中を縦横無尽に這っており、そのままでは思うような園芸が愉しめない。

せめてカイズカイブキの切株だけでも地道に抜根していこうと思っているが、昨日、重い腰をようやく上げて作業を開始し、今日、何とか1本だけ片付けた。

直径20cm近いと、根っこも簡単には抜けない。

上を切ってしまっているから梃の原理が使えず、余計手古摺った。

 

これをあと12本?

考えただけでも溜め息が出る。

あんまり根を詰めず、気長にやっていこうと思う。

 

 

午後、妻からの申し出に応じて、車で聖廟まで出掛けた。

妻も息子の合格祈願がしたかったのだろう。

一昨日私は300円のお守り札を買ったが、妻は奮発して1000円の御札を買っていた。

 

 

9日間あった正月休みが終わる。

過ぎてみればあっと言う間。

 

行きたくない、行きたくない、行きたくない。

心の中でいくら連呼しても、明日はやって来る。

あ〜ぁ・・・

 

 

26日から帰省していた娘が、先ほど、大学のある街に戻って行った。

重い荷物を引き摺りながら、車や電車や新幹線を乗り継いで、部屋に辿り着くのは23:00頃か。

事故なく無事に。

それだけを願う。

 

息子は今日も朝から予備校。

学校が閉まる21:50まで勉強し、いつものように22:00過ぎにヘトヘトになって帰って来るだろう。

センター試験までちょうど2週間。

悔いなくやって欲しい。

それだけを思う。

 

娘が居なくなり、家の明りは1つ消えたが、息子の心には、秘めた明りがひと際強く灯っている。



子どもたちが幾つになっても、結婚してからも、いつでも帰りたいと思ってくれる家であり、家族であり続けたい。

そんなことを思いながら過ごす夜。


 


 

今年の初ライド。

思い立ったのが遅く、おまけに走り出してすぐにサイクルコンピュータの電池が切れていることに気付き、一旦戻って電池交換をしたりで手間取り、結局出発したのは15:30。

 

目指したのは22.5km先にある聖廟。

 

超久々のロングライドの上に行きは向かい風。

軽いはずのクロスバイクが重くて重くて、5kmも行かぬところでヘロヘロ。

スピードはあまり意識せず、安全第一でひと漕ぎひと漕ぎ踏み締めながら、目的地に向かって走り続けた。

 

12km地点でおっぱい山さんにご挨拶。

昨年の正月以来だろうと思うから、ちょうど1年ぶり。

体調の優れぬ日々が続き、ご無沙汰しておりました。

今年も宜しくお願いします。

 

更に10kmほど漕ぎ進めてようやく到着。

いつものBOSSの横でベンチに座る。

今日は比較的温かで、着いた頃にはすっかり汗ばんでしまった。

 

この聖廟は学問の神様孔子の里。

昨年の正月もここに来て子どもたちの合格祈願をした。

娘は行きたい大学に合格してくれたが、息子は浪人を選び、2度目のセンター試験を目前に控えている。

今日は息子のことだけをひたすらお願いし、頭を垂れた。

昨年と同じお守り札も買った。

受験生の子どもに親がしてやれることなんて殆ど無い。

こうやってこっそり神頼みするぐらいだ。

 

帰りは追い風で気持ち良く走れたが、出発が遅かったため、途中で日没。

ヘッドライトを点けてのナイトライド。

これまた数年振りのこと。

暗い夜道を、時速25kmで漕ぐ自転車は正直怖い。

けれども、せっかくだから帰着時の平均時速を20km台にしたくてスピード維持。

18:10、無事帰宅した。

 

買ってきたお守り札を息子に渡した。

「あ、お守り札買ってきた。リベンジやな」

それだけ言って。

 

娘は、明日、大学のある街に戻る。

 

 

正月早々考えるようなことでは無いかも知れないが、1961年生まれの私は、2021年、つまり来年、遂に還暦を迎える。

タイトルに「!」マークを付けたのは、ちょっと嬉しいからだ。

長生きを喜んでいるのでは無い。

60歳になれば、勤め人暮らしから晴れておさらば出来る。

堂々とサヨナラ出来る。

そのことが気分を軽くしてくれるのだ。


厳密に言うと、役員には60歳になったからと言って定年制度の適用は無い。

より正確には、委任契約の役員になった2年前に定年扱いとなり、そこで一度退職したことになっている。

同日付けで役員に選任され、その後は1年1年の単年契約である。


けれども、一般社員が定年を迎える60歳という年齢は、役員の身であっても一つの大きな節目であることには違いない。

 

大多数の会社や官公庁で働くサラリーマンが、やっとのことで辿り着くゴールとしての60歳定年。

「来年で還暦なんです」

誰かにそう口にするたびに、大きくて重い荷物が1つ減ったような気になるのである。

 




実家で正月の集い。

老若男女、総勢20数名。


気疲れ人疲れでたまらず庭に降り立ち、一服。


あ、イモムシ。

頑張って大人になれよ。


2020年が始まった。

さて、どんな1年になるのか。

思うことはいろいろあるが、それはそれとして。

皆さまにとって素晴らしい年となりますように。

 


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