カウントダウンタイマー

庭の雑草が伸び放題で気になっていた。

妻も「みっともないから」と、そろそろ我慢の限界に達してきていた。

AM10:00〜12:00、焦げつくような熱波と陽射しの下、2人で草むしりに精を出した。

 

死んだ。

途中2度シャワーを浴びたが、焼け石に水とはまさにこのこと。

体の内側に籠った熱は容易には去らず、息も苦しく、死ぬかと思った。

もしかすると軽い熱中症にかかってしまったのかも知れない。

 

何とか昼を食べると、そこでダウン。

布団に横たわり、3時間眠り続けた。

 

夕方、自転車で煙草を買いに行った。

クリークにアオサギ。

 

西日を眺めながらじっと佇む姿は、老哲学者然として厳かだった。

 

 

 

AM8:30、起床。

朝食後、ダウン。

AM10:00〜PM2:00、昼寝。

PM3:40〜5:40、炎天下ウォーキング。

死ぬかと思った。

 

日陰が無い!

気温38℃。

アスファルトの路上はたぶん40℃以上。50℃近いかも。

意識が朦朧とし始め、危うくなっていくのがわかる。

このまま歩き続けるのは間違いなくマズイ。

予定のコースをショートカットし、とにかく日陰を捜しながら覚束ない足取りで歩く。

 

やっと見付けた日陰!

しゃがみ込んでぐったり。

 

生きていることを確かめたくて死に近付いてしまう夏。

 

 

7月30日未明、左下腹部に刺すような鋭い痛み。

あれから4日経つが、この間、尿の出がずっと悪く、尿道か尿管か腎臓か膀胱か知らぬが、恐らくその辺りの排泄器官に何らかの問題が生じている。

 

おしっこを出そうとするとペニスの先っぽにビキッと痛みが走り、横たわると脇腹がビリビリ痛むあたりを見ると、結石の可能性が強く疑われる。

これで尿が1滴も出ないならすぐさま病院送りを覚悟するところだが、細々ながらもチョロチョロと出ることは出る。

色も普通で、血が混じっているような感じは無い。

結石であれば血尿が出るはずと思っているから、赤い尿が出ないということは案外結石では無いのかも知れないと思い直す。

 

たぶん、一度病院に診せた方が良いのだろう。

だが、検査を受ければきっと何らかの異常を見付けられ、○○病と名付けられてしまう。

例えば腎臓結石とか、尿管結石とか、膀胱炎とか、前立腺炎とか。

「残念ですが○○癌です」なんて言われる可能性もゼロではない。

そうなるとギリギリで立っている気力がポキリと折れ、もう2度と立ち上がれない気がする。

 

しかしなんだ、「気分爽快!オレは元気だ!」と思える日がまったく無い。

 

 

先日、ATMでヘソクリ口座に入金した。

通帳の記帳欄が無くなったので、新しい通帳に更新した。

機械から新しい通帳が出て来たから、それを持って帰った。


その銀行から自宅に電話があり、妻が受けた。

古い通帳を忘れている、との連絡だったらしく、妻から疑ぐるような探るようなLINEメッセージが来た。

バレたと思う。

いや、たぶん、とっくの昔から。

今朝未明、左下腹部やペニスの辺りに錐で刺されるような痛み。

動けない。

 

起き上がり、トイレへ。

尿意は強いが、おしっこが出ない。

すぐそこまで出掛っているのは分るが、いざ排尿しようとすると、鋭い痛みで肛門括約筋がきゅっとすぼまり、それっきり何も出て来なくなる。

この痛み、遠い過去に似たような経験がある。

尿管結石。

もう30年ほど前のこと。

あのときは正直死ぬかと思った。

当時はまだ独身で実家暮らし。

階段を四つん這いで降り、声にならぬ声で父母に窮状を訴え、タクシーで救急外来に駆け込んだと記憶する。

今朝の症状はまさにあの日の尿管結石に似ていた。

違ったのは痛みの程度。

何とか我慢出来るレベルだった。

深呼吸したり洋式トイレに坐ったりして気持ちを落ち着ける努力をしたら、やがて萎びたペニスの先から涙のようなおしっこが数滴ポタポタと零れ落ちた。

ほんの数滴ながらも出たという事実で緊張がほぐれたのか、続けてポトポトポトと出た。

けれども、症状としては明らかに排尿障害である。

 

左尾てい骨の辺りのビリビリする痛みも今日は強かった。

これが襲って来ると、一瞬にして息が詰まり、思考停止状態に陥る。

あとはじっと痛みの嵐が去るのを待つほかない。

痛みの間隔が次第に短くなってきているのが気になる。

 

おしっこは相変わらず恐る恐る、である。

 

 

小学校の頃から何かにつけ反骨心が強いと言われた。

自分はこう思うと、はっきりモノ申す性分だった。

学生の頃になると、体制とか反体制とか権威とか権力とか地位とか名誉といったものを唾棄し、良く言えば孤高の一匹狼、悪く言えば孤立した負け犬のような生き方をしていた。

大学卒業と同時に会社勤めを始めたものの、組織に馴染めず、一方で、小説家になろうなどと非現実的なものにしがみつき、常に悶々とし、燻っていた。

オレはこんな生き方をしたかったわけじゃない。

こんな暮らしをしている自分は仮の姿で、本当の自分はもっと純粋なものを希求していると思っていた。

 

あれから30数年が経ち、57歳になった私は、それなりの稼ぎと地位を手に入れ、世間一般で言うところの平凡だけれど恵まれた暮らしをしている。

途中、3度4度と鬱病に斃れたが、周りの助けもあってその都度しぶとく生き返り、精神安定剤と睡眠導入剤の力を借りながらもどうにかこうにか一家4人で安泰な暮らしを営んでいる。

何のことは無い、生き延びるために反骨心を失い、本性を押し殺し、そうするうちに愛想笑いだけが上手くなり、悩みなんか無くていつも明るく前向きで、誰からも嫌われない”いい人”になっただけのことで、それを大人になったと言う人もあるだろうが、私としては単に臆病者が仮面を被って安きに流れているだけとしか思えないでいる。

 

眼科の帰り道で、結婚後10年間、35歳から45歳までを過ごした借家の前を通った。

この細い路地に面した小さくて古くて屋根の低い2階建ての民家。

ああ、在る。

ちゃんと在る。

当時既に相当のボロ家だったが、今でもしっかりそこに在り、私ではない誰かの暮らしが営まれている。

自転車を停め、煙草を吹かしていると、まだ十分に若さを宿した42歳の自分が、4歳の頑是ない子どもたちと遊んでいるような気がしたのだった。

 

生活そのものは質素で倹しかったけれども、心は若く豊かだった日々を懐かしみながらペダルをグイと踏み込んだ。

 

 

懸案だった車を契約してきた。

妻メインということでスズキ・ソリオのマイルドハイブリッド。

色は白。

軽自動車よりちょっと大きい排気量1242CCのコンパクトカーである。

特長は、外観からは想像出来ないほど広々した室内と、後席両側電動スライドドア。

着座位置がセダンや軽ワゴンなどより若干高く、視界良好なのもグッド。

我が家で車を買うのはこれが3台目。

1台目は19年前に買ったダイハツ・アトレー7、2台目は5年前に買ったスズキ・ハスラー、そして今回がスズキ・ソリオ。

色々迷いながらも、最終的には身の丈に合った車ばかり買い続けてきたなと改めて思う。

アトレー7は、ソリオの納車時(8月末予定)に下取り車としてディーラーに引き渡す。

子どもたちが生まれたときに買った車で思い出がたくさん詰まっており、手放すのはけっこう寂しい。

小さな故障は何度かあったが、19年間無事故で頑張ってくれたことには感謝の言葉しか無い。

 

帰宅後、1万歩。

道路の真ん中に立ち、彼方を見渡す。

車に撥ねられて死ぬのも1つの終わり方だなと思う。

 

庭のモチノキには今夏もたくさんのクマゼミ。

オレが蝉だったらどんな風に生きただろう。

あんなに必死に鳴けただろうか。

命を尽くさず地面に落ち、アリに食われて終わったのではないか。

 

・・・・・・

 

人生を変えたいと胸の奥の深いところで思う。

今私は、曲がりなりにも上場企業の役員で、それなりの報酬を得ている。

特別職公務員でもあり、社会貢献のような働きもしている。

かなり恵まれた仕事環境であることは確かであり、今の地位や報酬を擲ってでも得たいものがあるのかと問われれば、特には無いとしか答えられない。

けれども、客観的な待遇や環境が恵まれていれば幸せかと言うと、必ずしもそうとは限らない。

報酬は、我慢と忍耐への対価だと己に言い聞かせなければ倒れてしまいそうな日々を強いられる暮らしなど、決して幸せとは呼ばないのだ。

 

 

トイレの小窓を開けると隣家の和室が正面に見える。

夏場はたいてい網戸だけになり、中で扇風機が首を振りながら回っている。

その家のご主人の実母の部屋と勝手に思っている。

私より10歳ほど上のご主人の実母だから、既に90代と察している。

ここに越して来て10年以上経つが、1度も見掛けたことが無いのは、当時から寝たきり状態だったからだろうと、これまた勝手に察している。

時折り介護サービスのミニバンが停まっていて、ああまだ・・・と縁起でもないことを思ったりする。

 

台風の影響だろう、朝から重苦しい空。

程なくして雨。

こちらの体調も芳しくなく、朝食後暫しぼんやりした後、2階に戻って横たわった。

 

夕方起床。

雨音が聴こえない。

カーテンを開けると、薄っすらと陽射しも見える。

お昼ごはんを食べていないが、脂太りした体には、3日や4日ぐらい何も食べずとも生き延びることが出来そうなほどの蓄えが皮下にも内臓にも付着している。

 

着替えて歩いた。

 

雨粒が瑞々しく煌く葦の葉。

 

車椅子の老人の首が、へし折られたように鋭角に曲がり落ちている。

病院に停まったタクシーの後席から、スローモーションのようにヨロヨロと降りる老婆がいる。

自分の足で歩けるうちは歩こうと思いながら歩く。

 

いつもの川の水嵩が増しているのは、満潮と雨が重なったせいだろう。

 

伸びた稲の向こうに青空。

 

田圃の中から不意にわっと飛び立つシラサギの群れ。

 

青々と伸びる稲の横に、裏返しにされ命を絶たれた余りものの苗。

育つ方が幸せか、秋まで続く忍耐の日々を知らずに消えた幼い命が幸せか。

 

最後の1個になった桃の実を収穫した。

 

佐藤洋二郎の『極楽家族』を読みながら。

 

 

溜まりに溜まった疲れとストレスを引き摺りながら自転車で帰るアスファルトが熱い。

脚は漕ぎ出してすぐから鉛のように重く硬く、背中や首筋は汗だく。

一刻も早く着替えたいが、真っ直ぐ帰宅する気分ではなく、家を通り過ぎた先の本屋へ。

熱気に炙られた体に冷房の風が心地良い。

新刊書のコーナーをブラブラ。

程なくして襲って来た便意を何とか圧し殺しながら桐野夏生の新刊文庫を手に取り、パラパラとページを捲る。

59歳の男が主人公。

私と近い年齢の男が、妻や愛人や妹との関係に擦り切れていく物語らしい。

このまま読み進めればそれなりに愉しめそうだ。

買っておいて損はあるまい。

あう。

一瞬便意が強まる。

腹の中の便がグリグリと肛門をこじ開けようとする。

懸命に堪える。

額に脂汗が滲み出す。

一つの大きな波が去ったところで気付く。

手に持っていた文庫本が見当たらない。

無意識のうちに平積みの上に戻したのだろうか。

3冊か4冊ほど積んであったように思うが、何冊と数えたわけでは無い。

そんなぼんやりした記憶しか無いから、戻したのか戻していないのか段々はっきりしなくなる。

手に持っていないということは戻した証拠だと理性では分かっているが、一方で、いや、もしかしたら便意を抑え込むことに全神経を奪われ、平常心を見失い、右肩に掛けたショルダーバッグの背面ポケットに慌てて入れてしまったかも知れないとの不安に陥る自分がいる。

バッグのポケットを確かめれば済む話だが、怪しい動きをすればすぐ背後のレジカウンターに居る店員に見咎められ、あらぬ疑いを掛けられるのではないかとの緊張感が走り、それで余計に焦ってしまう。

いやもしかすると桐野夏生は既に私のバッグの中に在り、店員が声を掛けるタイミングを計っているようにも思えてきて、そうなるともうこちらは身動き出来ない。

そこで不意に視界が歪み、何度か瞬きをする。

私はいつもの川べりで煙草を吹かしている。

 

 

具体的に書き連ねる気力は無い。

今はタイトルのままの気分。

 

手遅れになる前に、完全崩壊する前に。

 

 


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