外部会合のあと、真っ直ぐ帰宅した。

午後2時過ぎ。

疲れが溜まっている。

空も重そうだし、夕ご飯までひと眠りするか。

 

いや、やっぱり走ろう。

その方がきっといい。
 

下はブロックテックのパンツ、上はYシャツとフリース、更にウインドブレーカーを羽織って出発した。

向かった先は15km離れたいつもの土手。

走り出してすぐに後悔した。

暑い・・・。

着過ぎてしまった。

到着した頃には全身汗びっしょり。

何はともあれ一休み。

対岸の菜の花、先週よりは増えているが、一昨年ほどの勢いは見られない。

 

アメリカンドッグを頬張りながらぼんやりしていたら、小さな影が不意に視界をよぎった。

QUICK4のフレームに留まっていたのはバッタの赤ちゃん。

(ピンボケでよく分からないな)

 

お次は足元に土筆を発見。

そう言えば、近くで土筆採りをしている老夫婦の姿を見掛けた。

そんなつもりはまったく無かったが、何となく1本だけ抜いてみた。

摘まんだ茎はあまりに華奢で柔らかく、力の入れ加減が定まらない。

潰してしまった茎は、明らかに中途半端な部分で千切れていた。

土筆採りの記憶・・・。

うーん、思い出が無い。

これは、もしかして初体験?

だから抜き方が分からないのだろうか。

そんなことは無いと思うが・・・。

ってなことを真剣に考えるでも無く、気が付けば夢中になっていて、そこらじゅうを中腰で歩き回り、そこそこの数を集めていた。

集めてしまったものを捨てるわけにもいかず、サドルバッグに何とか収納して持ち帰った。

(妻がネットで調べながら調理してくれたが・・・味は微妙・・・)

 

 

帰り道でまた菜の花を堪能。

この辺りではもう白い菜の花に移り変わりつつあった。

 

やっぱり走ってよかった。

ね、おっぱい山さん。

 

 

 

相変わらず無気力状態の息子。

 

今日、少しだけ笑ったのは、注文したNIKEの靴の進行状態を知らせるメールを見たときだけ。

 

 

 

「今月末で退職することにしました。今日が最後の出社日です。お世話になりました」

突然職場に挨拶に来られたのは品質管理部門のKさん。

Kさんが退職するという情報はどこからともなく伝え聞いていたからさほど驚かなかったが、それが今日とは知らなかった。

おぼろげに私より2つ3つ年上と記憶している。
「定年は、まだですよね」

「ええ、今57でもうすぐ58です。娘も独立しましたし、あとは自分のことだけですから」

そう言って微かに笑みを浮かべておられる。

「去年心臓を少し悪くしまして、そういうのもありまして」

暫時間を置いてそんな言葉が続いた。

心臓のことは初耳だが、Kさんが長年人工透析の必要な病いと闘われていることは知っていた。

そして、もう随分前に奥さんを亡くされていることも。

 

「永い間お疲れさまでした」とだけ返し、扉を開けて出て行くKさんの背中を見送った。

 

 

NHKの歌番組を観ていた。

頭にターバンを巻いた髭面の男がいた。

隆々とした肉体を窮屈そうな半袖Tシャツで包み、俯き加減にボソボソと語る顔が、記憶の奥にしまい込んだ何かを強く刺激した。

思わずテレビに近寄り、弾き語りの歌に聴き入った。

耳に飛び込んできた野太い声が「やこぜん」というバンドを突然思い出させた。

そう。この声は「野狐禅」だ。

 

惹き込まれる歌を聴き終えるとすぐさま本棚に歩み寄り、CDを探した。

あった。

 

アルバムタイトルは『鈍色の青春』。

帯の裏に購入日を記入している。

2004.12.12。12年以上前のことだ。

当時のことを思い起こす。

43歳の私は管理職になってまだ1年にも満たず、懸命に走っていた気がする。

2000年生まれの子どもたちは4歳。

そして何より自転車ライフが始まった年。

買って間もないジャイアント・リバイブに没頭していた。

 

ワードで書いた日記を見付けた。

 

あっけらかんとした

あまりにあっけらかんとした陽射しが欲しい

陰も日向も全部ひっくるめて

うらおもてなく

あっけらかんと横たわりたい

 

あおぞらはどこまでも青いよ

ここはみなみの島

あおいそらが静かに静かに青いよ

きこえてくるのは

さざなみとそよかぜと鳥の声

 

あっけらかんとした

どこまでもあっけらかんとした陽射しを求めて

抜けきった大ぞらをぐるりと見上げて

いいもわるいもなく

あっけらかんと伸びをしたい

 

そんな駄文を書いていた。

 

 

 

歯医者さんを終え、支払いを済ませ、外へ出た。

ふー。

見上げればまだ十分に明るい青空。

あの桜のトンネルは何分咲きだろう。

ここからなら陽があるうちに辿り着ける。

 

家とは反対の方向へミニラレーを走らせた。

 

まだ八分咲きあたりか。

あと3日もすれば、数キロにわたるこのサイクリングロードは幾重にも重なる桜の天蓋に覆われ、陽射しさえ遮られる。

 

その日、私はどこで何をしているだろう。

何を思っているだろう。

 

 

 

 

昨夜遅く、息子が私の部屋にやってきた。ふらりと。

部活、学業、友達・・・。

取り留めのない話を1時間半。

 

私の役割は学校の先生のような助言をすることではないし、そもそもそんな技量など持ち合わせていない。

話したいだけ話をさせ、あとは時折相槌を打ったり、そうかなあと小首を傾げたり、黙って頷くだけである。

 

 

僅かに与えられた自分だけの時間。

ミニラレーで菜の花と遊んだ。

 

 

 

この辺りはシラサギの塒。

 

今日が終わる。

 

本屋さんで文庫本を1冊買って帰った。

 

昨日は会社で今日はグダグダ。

休んだ気がしない。

このまま月曜日に突入とは・・・。

あ、明日は入社式。挨拶しなきゃ。何も考えていない。

 

 

起きたら妻がお怒りモード。

何かと思えば、iPhone。

今朝起きたら画面の左上隅に「不正なsimです」との表示が出ていて、自分はヘンな使い方など一切していないのに何なのこれ、という苛立ち。

契約したSoftBankに電話したら対応が悪く、余計にイライラが募ったようで。

同じ現象で困っている事例がないかiPadで調べたら、幾つもヒットした。

書かれている対策を色々試してみたが直らない。

「お店に行けば何とかなる」と宥め、苛立ちの矛を収めさせた。

(実際、夕方お店に行ったらsimカードの交換をしてくれて一発で解決した)

 

娘はお昼から吹奏楽部の定期演奏会とやらに出掛けて行った。

息子は相変わらずナマケモノかコアラのように動作が緩慢で、自分の部屋と階段を往復するだけであとはじとっとしている。

少し前から通学用の新しい靴を買うような話をしていたから、靴屋さんまで連れ出した。

 

高校2年の男子。

親が傍に付きっきりでは鬱陶しいに違いない。

勝手に選ばせることにして、私は広い店内をブラブラ。

頃合いを見計らって息子の様子をちらっと覗いたら、NIKEの靴を試し履きしている。

それに決めてくれればありがたい。

が、思うようにことは運ばない。

「やっぱり、いい」

あ〜。

息子が欲しいのは、このシリーズのグリーン系。

NIKEの公式オンラインショップでしか手に入らないらしい。

他の色ではどうしてもダメ、と。

店頭で同タイプの実物を試し履きしてサイズを確かめたから、あとはネットで注文したい、と。

(夜、私のパソコンで注文した。アッパーやソールはもちろん、ロゴマークやサイドラインや靴紐など、10以上ある全てのパーツの素材や色を選択肢の中から自分で選んで組み合わせ、完全オリジナルの1品の出来上がり。ああ、ほんと面倒臭かった!

こだわりを持つことは悪いことではないが、陸上シューズにせよスマホにせよスマホケースにせよ、とにかく息子は手に入りにくいものばかり選ぶ。)

 

あー、何か疲れた。

グダグダな1日についてもう少し書くことがあるが、NIKE注文で草臥れてしまった。

 

 

左足の痛みは相変わらずだが、スケッチャーズのスニーカーでしっかり歩いてみたくて、そして息子のことをあれこれ考え込みたくなくて、夕方、思い切ってウォーキングに出掛けた。

 

久々の4.2km。

最初はまずまず快調だったが、途中からジワジワと左足首が痛み出し、残り1kmほどは全身で庇うようにして歩いた。

熱でも帯びているのか、火照った感じが抜けない。

 

無理をしてしまったらしい。

 

 

 

息子が妻に零したらしい。

何もやる気がしない、と。

スマホゲームも、他にやることがないからやっているだけで楽しいと思ったことはない、と。

担任の先生との学年末の個人面談でも、同じような話をしたそうだ。

辛いこと、嫌なことは、これから幾つもある。

今はこれから出会う困難を乗り越えるための準備の時期。

頑張るしかない。

先生はそんなアドバイスをくれたらしい。

人生の先輩として、とてもありがたい助言だ。

先生は、項垂れている息子を少しでも元気づけたかったに違いない。

スクールカウンセラーに相談してみるのもいいかも知れない、とも。

 

天気の良い土曜日。

相変わらずどこへも出掛けようとしない息子に妻が発破を掛けた。

○○公園にでも行って少し走ってきなさい、と。

言われるがままに出掛けた息子は、1時間半ほどして戻ってきたそうだ。

走ったかどうかは分からない。

 

血について考えてしまう。

かつて私が離人症やうつ病に憑りつかれ入院までしたとき、父が自分の血のせいではないかと漏らしていたと、あとで母から聞いた。

父も、40代の半ばで心の病に冒され、総合病院に1ヶ月ほど入院した。

父の母もまた、最期は格子の嵌った病院で狂死したと伝え聞いた。

同じ血を受け継いでいる私の息子。

たった16歳で。

 

無気力状態の息子をどうしてあげたらいいのか分からない妻は、私から息子に何らかの働きかけをするよう求めてきた。

馬を水飲み場まで連れて行くことはできるが、無理矢理水を飲ませることはできない。

卑怯と分かっていたが、そんな言葉で妻の要求を躱した。

どうしてあんな風になってしまったのだろうという自問自答のような妻の言葉には、色んなことを避けてきた結果だ、と返した。

 

 

病気と決めつけてはいけない。

けれども、「個性」という一言で片付けられるほど安易なものでもない。

親しい友人が1人もおらず、猫背で無口で無気力で、天気の良い休日に一歩も外に出ようとしない16歳の少年は、明らかに「大丈夫」ではないのだ。

 

 


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