カウントダウンタイマー

買って3年半ほど経つiPhone6s。

ここ数ヶ月でバッテリーの持ちがかなり悪くなったので、今日、思い切って交換した。

アマゾンで一式買って自分で交換すれば2480円で済むということはネットで調べて知っていた。

だが、YouTubeなどで交換の仕方を見ていて、あ、これは失敗する可能性がある、と直感した。

一番はネジをダメにしてしまうリスク。

次に基板の接続をしくじること。

誰もがお手軽に使っているが、自転車と違ってとても精巧に造られた精密機械だ。

パンク修理をするのとは訳が違う。

ここは専門ショップにお願いした方が賢明と判断した。

4800円はちょっと高かったけど。

 

待ち時間10分で、はい完了。

バッテリーの最大容量が85%から100%に戻った。

交換の際にケースを外したのだが、4角の内の2ヵ所が折れているのに気付いた。

経年劣化もあろうが、この3年半の間に幾度となく床や路上に落としたことによるダメージであろう。

プラスチックの上に厚さ1ミリほどのレザーを貼った割と高額なケースである。

取り敢えず接着剤で補修してみた。

 

水浴びするアヒルの気持ち良さそうなこと!

 

そして私は『夫が邪魔』(新津きよみ著)を買ったのであった。ブルル。

 

数年前の数年間、56madeというハンドルネームを使っていた。

madeはローマ字読みで「まで」の意。

当時の私は53歳とか54歳で、「56歳までは何とか踏み止まろう、踏み止まらなければ」という思いを込め、自分に言い聞かせるようにして決めた名前である。

ふとそのことを思い出した。

来月で58歳。

無事に56歳を乗り切り、気が付けば間も無く58歳。

毎日グダグダこぼしながらもここまで辿り着いた自分に、軽い驚きと感動を覚えている。


ここまで来たら、次は60made・・・か。

帰り道で見上げた西の空は、早くも夏の終わりを告げるかのように寂しげだった。

 

 

庭の雑草が伸び放題で気になっていた。

妻も「みっともないから」と、そろそろ我慢の限界に達してきていた。

AM10:00〜12:00、焦げつくような熱波と陽射しの下、2人で草むしりに精を出した。

 

死んだ。

途中2度シャワーを浴びたが、焼け石に水とはまさにこのこと。

体の内側に籠った熱は容易には去らず、息も苦しく、死ぬかと思った。

もしかすると軽い熱中症にかかってしまったのかも知れない。

 

何とか昼を食べると、そこでダウン。

布団に横たわり、3時間眠り続けた。

 

夕方、自転車で煙草を買いに行った。

クリークにアオサギ。

 

西日を眺めながらじっと佇む姿は、老哲学者然として厳かだった。

 

 

 

AM8:30、起床。

朝食後、ダウン。

AM10:00〜PM2:00、昼寝。

PM3:40〜5:40、炎天下ウォーキング。

死ぬかと思った。

 

日陰が無い!

気温38℃。

アスファルトの路上はたぶん40℃以上。50℃近いかも。

意識が朦朧とし始め、危うくなっていくのがわかる。

このまま歩き続けるのは間違いなくマズイ。

予定のコースをショートカットし、とにかく日陰を捜しながら覚束ない足取りで歩く。

 

やっと見付けた日陰!

しゃがみ込んでぐったり。

 

生きていることを確かめたくて死に近付いてしまう夏。

 

 

7月30日未明、左下腹部に刺すような鋭い痛み。

あれから4日経つが、この間、尿の出がずっと悪く、尿道か尿管か腎臓か膀胱か知らぬが、恐らくその辺りの排泄器官に何らかの問題が生じている。

 

おしっこを出そうとするとペニスの先っぽにビキッと痛みが走り、横たわると脇腹がビリビリ痛むあたりを見ると、結石の可能性が強く疑われる。

これで尿が1滴も出ないならすぐさま病院送りを覚悟するところだが、細々ながらもチョロチョロと出ることは出る。

色も普通で、血が混じっているような感じは無い。

結石であれば血尿が出るはずと思っているから、赤い尿が出ないということは案外結石では無いのかも知れないと思い直す。

 

たぶん、一度病院に診せた方が良いのだろう。

だが、検査を受ければきっと何らかの異常を見付けられ、○○病と名付けられてしまう。

例えば腎臓結石とか、尿管結石とか、膀胱炎とか、前立腺炎とか。

「残念ですが○○癌です」なんて言われる可能性もゼロではない。

そうなるとギリギリで立っている気力がポキリと折れ、もう2度と立ち上がれない気がする。

 

しかしなんだ、「気分爽快!オレは元気だ!」と思える日がまったく無い。

 

 

先日、ATMでヘソクリ口座に入金した。

通帳の記帳欄が無くなったので、新しい通帳に更新した。

機械から新しい通帳が出て来たから、それを持って帰った。


その銀行から自宅に電話があり、妻が受けた。

古い通帳を忘れている、との連絡だったらしく、妻から疑ぐるような探るようなLINEメッセージが来た。

バレたと思う。

いや、たぶん、とっくの昔から。

今朝未明、左下腹部やペニスの辺りに錐で刺されるような痛み。

動けない。

 

起き上がり、トイレへ。

尿意は強いが、おしっこが出ない。

すぐそこまで出掛っているのは分るが、いざ排尿しようとすると、鋭い痛みで肛門括約筋がきゅっとすぼまり、それっきり何も出て来なくなる。

この痛み、遠い過去に似たような経験がある。

尿管結石。

もう30年ほど前のこと。

あのときは正直死ぬかと思った。

当時はまだ独身で実家暮らし。

階段を四つん這いで降り、声にならぬ声で父母に窮状を訴え、タクシーで救急外来に駆け込んだと記憶する。

今朝の症状はまさにあの日の尿管結石に似ていた。

違ったのは痛みの程度。

何とか我慢出来るレベルだった。

深呼吸したり洋式トイレに坐ったりして気持ちを落ち着ける努力をしたら、やがて萎びたペニスの先から涙のようなおしっこが数滴ポタポタと零れ落ちた。

ほんの数滴ながらも出たという事実で緊張がほぐれたのか、続けてポトポトポトと出た。

けれども、症状としては明らかに排尿障害である。

 

左尾てい骨の辺りのビリビリする痛みも今日は強かった。

これが襲って来ると、一瞬にして息が詰まり、思考停止状態に陥る。

あとはじっと痛みの嵐が去るのを待つほかない。

痛みの間隔が次第に短くなってきているのが気になる。

 

おしっこは相変わらず恐る恐る、である。

 

 

小学校の頃から何かにつけ反骨心が強いと言われた。

自分はこう思うと、はっきりモノ申す性分だった。

学生の頃になると、体制とか反体制とか権威とか権力とか地位とか名誉といったものを唾棄し、良く言えば孤高の一匹狼、悪く言えば孤立した負け犬のような生き方をしていた。

大学卒業と同時に会社勤めを始めたものの、組織に馴染めず、一方で、小説家になろうなどと非現実的なものにしがみつき、常に悶々とし、燻っていた。

オレはこんな生き方をしたかったわけじゃない。

こんな暮らしをしている自分は仮の姿で、本当の自分はもっと純粋なものを希求していると思っていた。

 

あれから30数年が経ち、57歳になった私は、それなりの稼ぎと地位を手に入れ、世間一般で言うところの平凡だけれど恵まれた暮らしをしている。

途中、3度4度と鬱病に斃れたが、周りの助けもあってその都度しぶとく生き返り、精神安定剤と睡眠導入剤の力を借りながらもどうにかこうにか一家4人で安泰な暮らしを営んでいる。

何のことは無い、生き延びるために反骨心を失い、本性を押し殺し、そうするうちに愛想笑いだけが上手くなり、悩みなんか無くていつも明るく前向きで、誰からも嫌われない”いい人”になっただけのことで、それを大人になったと言う人もあるだろうが、私としては単に臆病者が仮面を被って安きに流れているだけとしか思えないでいる。

 

眼科の帰り道で、結婚後10年間、35歳から45歳までを過ごした借家の前を通った。

この細い路地に面した小さくて古くて屋根の低い2階建ての民家。

ああ、在る。

ちゃんと在る。

当時既に相当のボロ家だったが、今でもしっかりそこに在り、私ではない誰かの暮らしが営まれている。

自転車を停め、煙草を吹かしていると、まだ十分に若さを宿した42歳の自分が、4歳の頑是ない子どもたちと遊んでいるような気がしたのだった。

 

生活そのものは質素で倹しかったけれども、心は若く豊かだった日々を懐かしみながらペダルをグイと踏み込んだ。

 

 

懸案だった車を契約してきた。

妻メインということでスズキ・ソリオのマイルドハイブリッド。

色は白。

軽自動車よりちょっと大きい排気量1242CCのコンパクトカーである。

特長は、外観からは想像出来ないほど広々した室内と、後席両側電動スライドドア。

着座位置がセダンや軽ワゴンなどより若干高く、視界良好なのもグッド。

我が家で車を買うのはこれが3台目。

1台目は19年前に買ったダイハツ・アトレー7、2台目は5年前に買ったスズキ・ハスラー、そして今回がスズキ・ソリオ。

色々迷いながらも、最終的には身の丈に合った車ばかり買い続けてきたなと改めて思う。

アトレー7は、ソリオの納車時(8月末予定)に下取り車としてディーラーに引き渡す。

子どもたちが生まれたときに買った車で思い出がたくさん詰まっており、手放すのはけっこう寂しい。

小さな故障は何度かあったが、19年間無事故で頑張ってくれたことには感謝の言葉しか無い。

 

帰宅後、1万歩。

道路の真ん中に立ち、彼方を見渡す。

車に撥ねられて死ぬのも1つの終わり方だなと思う。

 

庭のモチノキには今夏もたくさんのクマゼミ。

オレが蝉だったらどんな風に生きただろう。

あんなに必死に鳴けただろうか。

命を尽くさず地面に落ち、アリに食われて終わったのではないか。

 

・・・・・・

 

人生を変えたいと胸の奥の深いところで思う。

今私は、曲がりなりにも上場企業の役員で、それなりの報酬を得ている。

特別職公務員でもあり、社会貢献のような働きもしている。

かなり恵まれた仕事環境であることは確かであり、今の地位や報酬を擲ってでも得たいものがあるのかと問われれば、特には無いとしか答えられない。

けれども、客観的な待遇や環境が恵まれていれば幸せかと言うと、必ずしもそうとは限らない。

報酬は、我慢と忍耐への対価だと己に言い聞かせなければ倒れてしまいそうな日々を強いられる暮らしなど、決して幸せとは呼ばないのだ。

 

 


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