着もしない服たちに囲まれているのが息苦しくて、ジャケットやコートやセーターやカーディガンやベストやパジャマをまとめて処分した。

中には1、2回しか袖を通していない新品同様のものもある。

捨てるのは勿体ない、来年は着るかも知れないと思って衣装ケースやクロークのハンガーにかけ続けてきたが、もういい。

 

私の方が先に草臥れてしまった。

 

 

棋士・村山聖の29年の短すぎる生涯を描いた作品。

素晴らしいの一言。

人の一生は、長さだけでは決して測れない。

そのことを、棋士・村山聖を通じて丹念に描き尽くしてある。

 

 

昨日は体調が優れず、ひたすら寝ていた。

尿意に悩まされながらも、布団から離れなかった。

だから、今日は大丈夫。

そう思っていたのだが、そうでもなかった。

水筒にスポーツドリンクを詰め、自転車に装着するところまではやったが、そこで気力が萎え、倒れるように布団に逃げ込んだ。

軽い抑うつ状態である。

 

明日のことを考えるのはよそう。

 

 

幼い頃の我が家は(どこも似たようなものだったとは思うが)経済的に恵まれておらず、5円玉を握り締めて駄菓子屋さんに走り、「スズメの卵」と呼ぶ小さくて硬い豆菓子を買って食べるのが唯一の愉しみだった。

服も、たいていは親戚や姉からのお譲りで、母が綻びや破れを何度も縫い直したものを着ていた。

靴も、ボロボロのズックを1足しか持っておらず、その1足を大事に大事に履いていた。

初めて乗った自転車も姉からのお譲りで、錆だらけの赤い中古だった。

その自転車で歯医者さんに通っていたとき、同級生の女の子と擦れ違い、「なに、そのじてんしゃ」と指を差されて小馬鹿にされ、それ以来その自転車で外に行くことを拒むようになった。

 

今は、欲しいモノはたいてい手に入る暮らしをしている。

必要だから買うのではなく、欲しいから買う。

車が2台に自転車が6台。

靴だって服だって万年筆だってCDだって本だって何だって、所狭しと身の回りにある。

それはたぶん、とても贅沢で、とても幸せなことなのだと思う。

 

けれども、幼かったあの頃の質素な暮らしが無性に懐かしい。

貧しさを誇張して不幸ぶるつもりはない。

ただ、1つのモノを大事に使い、それがいよいよダメになってから新しいモノを買うというシンプルな営みが心の豊かさ育んだことは疑いようもなく、そのことに言い知れ郷愁を感じるのである。

 

 

下駄箱に並んだ10足の革靴と6足のスニーカーを全部履き潰すのにあと何年かかるだろう。

自転車小屋に並んだ6台の自転車を全部乗り潰すのにあと何年かかるだろう。

机上のケースに並んだ5本の万年筆を全部使い潰すのにあと何年かかるだろう。

ハンガーラックに掛かったスーツやシャツやズボンやコートを全部着古すのにあと何年かかるだろう。

 

モノクロ写真でしか伝わらぬものが、きっとある。

 

 

朝、起き上がれなかった。

目覚し時計の音がまったく聞こえず、妻から何度も起こされてようやく目覚めた。

出社は無理かもしれない。

そう思いながらも、朝のルーティンをこなすうちに徐々に気分が持ち直し、いつもより5分ほど遅く家を出た。

 

だが、そこまでだった。

職場に着いて1時間もせぬうちに具合が悪くなり、風邪と偽って午後から退社した。

 

胸や胃の痛みがひどく、ペダルを踏む足が辛い。

何か胃に入れなければいけないと思い、途中でラーメン屋さんに立ち寄ろうとしたが、冷たい小雨が降ってきて気持ちが怯み、真っ直ぐ帰宅した。

 

帰宅後、インスタントラーメンを食べ、歯を磨いて布団に寝た。

 

寒い。

どれだけ布団を重ねても身体が暖まらず、一向に寝付けない。

おしっこが近く、何度も目が覚めた。

半纏を羽織って便器の前に立つが、背中や腰の辺りが薄ら寒く、なかなか出てこない。

萎びたペニスを摘んだまま辛抱して立ち続けていると、やがてちょろちょろと出始めるが、すぐに止まってしまう。

膀胱には尿がまだたっぷりと残っているが、足腰の方が先に音を上げ、全部は出し切れぬまま諦めて2階の布団に戻る。

それを繰り返すうちに夜になっていた。

 

 

一足早いクリスマスプレゼントが届いた。

 

包み紙を解く。

 

効果は無いが、僅かな心の支えとして使い続けている。

 

 

取り壊されていく茅葺屋根の古い民家の前を通った。

出勤途上の朝。

逸る気持ちを抑えながら、1枚だけ写真に収めた。

 

玄関と縁側の扉や窓がすべて取り払われ、12月の朝の寒風がところ構わず吹き抜けている。

取り壊しの業者が1人、庭先で煙草を吹かしている。

 

かつてそこにあったはずの、泣いたり笑ったり怒ったりの家族の歴史を思い浮かべた。

そんなことを思ったのは、この家の佇まいが、小学校低学年の頃まで住んでいた借家の風情とよく似ていたからであろう。

 

 

韓国人の整形文化を否定する言葉を発したら、娘が強く反発してきた。

「なにそれ。韓国嫌いの偏見のカタマリ」

吐き捨てるようにそう言って、心底軽蔑したような冷たい視線を投げつけてきた。

好きな韓国アイドルグループがいるというのもあるだろう。

 

考え方は人それぞれだ。

コンプレックスから解放され、明るく前向きになれるならいいじゃないかという意見を持つ人もあるだろう。

だが私は、病気や怪我を治すための治療としての整形は是としても、表層的な美醜に囚われて鼻を高くしたり胸を大きくしたり皺を伸ばしたりする手術は受け容れられない。

だったら歯列矯正や黒子切除は?

禿げた人の植毛やカツラは?

 

止めよう。

正解など無いのだ。

 

 

仕事帰りの本屋さんで缶コーヒー。

あー、ホッとタイム。

 

年賀状のデザイン本と、大門剛明の文庫本を買った。

 

随分と冷え込んだ1日。

 

僅かな額だが、配当金が振り込まれた。

レザーのサドルでも買おうかな。

 

 

2年前に乳癌で亡くなった人のブログを読んだ。

享年64歳。

 

明日生きていることを100%保証された人はいない。

だからこそ今、この一瞬一瞬を大切に生きなければならぬ。

 

とは思えなかった日。

 

 

Viper号に新しいタイヤを履かせ、早速走ってきた。

 

 

新しいタイヤはまだ表面がうぶで柔らかいから、小さな砂粒がたくさんくっつく。

路面を駆る心地良い擦過音が耳に伝い上ってくる。

 

新しいタイヤはやっぱり気持ちいい。

 

途中、休憩場所を決めあぐねてウロウロしていたら、白いロードバイクの人から声を掛けられた。

と思ったら、職場の同僚だった。

そう言えば先日、ネットオークションで落札したと、わざわざ報告してくれてたっけ。

新車で買えば、私のViper号よりうんと値の張るフルカーボンのBOMA。

「お互い怪我しないようにしよう」と言葉を交わして別れた。

 

私にとっての紅(黄)葉は、こうやって落ち葉をシャリシャリと踏み締めながら走ること。

 

 

いつもの川べりでおやつ休憩。

 

枯草に腰を落とし、フランクフルトソーセージをガブリ。

旨いなあ。

 

むむむ、なんか写真が・・・。

 

いや、私のはこんなに立派じゃなかった。(汗)

 

 

※プールにも立ち寄るつもりで水泳グッズをウエストバッグに詰めて行ったが、昨日の疲れが残っており、真っ直ぐ帰った。

 

 


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